訪鵂の宿(ほうきゅうのやど)魚がし     *鵂(きゅう)とは、ふくろうのことです

                          *「みみづく」とは、耳があるふくろうの意味。 づくは、ふくろうのことです

2015年11月14日の朝、魚がしの本館玄関に一羽のミミヅク(ふくろう)がやってきました
天然のふくろうを目の前で見るのは初めてです
玄関先で立って、ずっと店の中を見ています
社員が行っても動かず、自動ドア越しにこっちを見ている、そしてドアを開けて写真を撮っても動かない
ふくろうの横を通って後ろに立っても置物のようにじっと立ったまま動きません
10分くらい、ずっと立っていましたが、突然羽を広げると羽ばたいて空中に飛び立ちました
40cm程の小さなふくろうが羽を広げたら、とんでもなく大きく見えました
やがて20m程の高さまで上がって、ゆうゆうと山の方に飛び去っていきました
ふくろうは夜行性と聞いていたのでびっくりしました、飛んでいるうちに迷って夜が明けて一休みしていたのでしょうか

後日談があります

何かのお告げかなと思って、気になったので、ふくろうと神様の関係について調べてみました
すると栃木県と茨城県の県境にまたがった神社がありました
鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)と言って、別名「ふくろうの神社)といいます
茨城県常陸大宮市と栃木県那珂川町にまたがった参道の石段がある、珍しい神社です
ところがです
この二つの町と我が家は因縁がありました、全くの偶然で驚きましたが事実です

魚がしの創立者「礒 一」は茨城県古河市で生まれました(その後、母の再婚で市川一となる)

一の母が子供の頃までは栃木県で豊かな暮らしをしていましたが、家運が傾き、古河にでて来ましたが
貧しくて一の父母は働きに家を離れてずっと帰ってこなかったので、一は祖母、祖祖母、祖母の連れあいの義祖父と
暮らしていました
義父の生い立ちは近年まで全くわからず、一も知らなかったのですが、慶応三年生まれだけが
わかっていました
それで一の長男の私が,関連自治体の戸籍係に問い合わせて、ようやく素性がはっきりしました
すると.....なんと!
一の義祖父は、この鷲子山上神社がある二つの町で生まれ育った人だったのです
生まれは栃木県馬頭町(現那珂川町)、16歳の時茨城県玉川村(現常陸大宮市)に養子に入ったのでした
まさに、この神社の位置とぴったりはまっています、しかもどちらの土地に籍をもっていたとは
奇跡と言うしかありません・・・何とも不思議な因縁を思います
私は今年の夏、とうとう念願の鷲子山上神社に参拝しました、ようやく願いが叶いました
ふくろうが取り持った不思議な縁の一席でした